2010年11月09日

饂飩

 広報部員Fです。


 その歴史は8世紀奈良時代までさかのぼります。


 遣唐使によって中国から渡来しました。

 その起源は、中国のものを取り入れ、室町時代には、現在とほぼ同じ製法で作られるようになりました。

 江戸時代には、贅沢と見られていて、農村などでは自由に『それ』を食べることは出来ませんでした。

 めでたい席のみ、それは許されていました。


 寛永19年(1642年)には、飢饉対策として、 『それ』の売買が禁止されているほどです。


 寒いとき頂くと体が温まります。


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 『うどん』です。

 近畿圏内ではうどんは、根強い人気を誇ります。

 これは、良質な小麦の産地であったこと。

 近畿地方の地下水は軟水で昆布と相性が良かったことと、おいしいうどんを作る条件がそろっていたからでした。


 山口県も比較的そうですが、讃岐うどんなどに比べ『麺』にこしがないのが好まれます。


 これは、麺より『だし』に重点を置き、うどん玉は、だしを吸いやすいように、しなやかでやわらかい麺が好まれるようになったからだと言われています。


 『寒き日に 湯気立ち上る 釜揚げの 椀を持つ手も 温もりしかな』 藤重博孝


 今日のように少し寒い日には、『うどん』のような温かいものは嬉しいものです。




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2010年11月08日

花コーナーにて

 広報部員Fです。


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 『ポインセチア』です。

 花コーナーにポインセチアが並ぶ季節になってきました。



  深紅の葉は、季節の深まりとともに人の目を惹いて行く

  まるで、その時を待っているかのように

  クリスマスを待ちきれない子供たちのように


  小さな花を付けるポインセチア

  花は誰に見られるわけではないけれど

  葉が美しいことに嫉妬することもなく

  それでも小さな花を咲かせ続ける

  まるで、それが自分の誇りのように


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2010年11月06日

カカワトル

 広報部員Fです。


 1613年、伊達政宗は、支倉常長ら一行、慶長遣欧使節団ヨーロッパに派遣します。

 『遅れてきた天下人』と呼ばれる伊達政宗は、すでにこのころから世界に目を向けていたと言うことでしょう。


 日本人で初めて『それ』を口にしたのが、この支倉常長ら一行、慶長遣欧使節団の人達だったと言われています。


 さかのぼること紀元前。


 それは、中南米一帯に栄えたオルメカ、マヤ、アステカと言う『メソアメリカ』と呼ばれる文明において『その豆』をすりつぶして、薬として飲んだのが始まりだと言われています。


 実に、4000年の歴史のあるものなのです。


 当時は、『その豆』は貨幣として流通していました。

 
 例えば、『その豆』10粒で、うさぎ一羽の価値。

 奴隷は、『その豆』100粒の価値。

 と言うように利用されていました。


 19世紀まで『その豆』は貨幣として使用されていました。

 
 長い間それは、飲み物として愛されてきました。

 それが、現代のような『食べ物』に変わったのは、英国ビクトリア女王の時代、1800年代中期のことです。


 その『食べ物』とは『これ』です。


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 『チョコレート』です。


 チョコレートに含まれるカカオ・ポリフェノールは、活性酸素による体内の細胞の性質が変わるのを防ぐ抗酸化物質。

 脂肪細胞の代謝を促したり、動脈硬化の防止に役立つといわれています。

 また、ガン発症を抑える働きや花粉症やアレルギー症状を緩和する働きがあると言われます。

 
 古代メキシコでは、チョコレートの原料カカオを『神様の食べ物』と神聖なものとして崇めていました。


 食物繊維やミネラルも多く含んだ『神様の食べ物』チョコレートこそ、現代人の健康食品と言っていいのかも知れません。


 
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2010年11月05日

脇役の控え

 広報部員Fです。


 あなたは、食べる派でしょうか?

 それとも、食べない派でしょうか?


 原産地は、地中海沿岸。

 紀元前から、薬用や香味野菜として栽培されてきた歴史のある野菜です。

 
 日本に入って来たのが、18世紀

 オランダから入ってきたので、当時は『オランダゼリ』と呼んでいました。


 料理の彩りとして使うことが多いのですが、どうも、最初から食べてもらえないことを前提とした脇役です。

 
 しかし、これが実に栄養豊富なのです。

 ビタミン、ミネラルを多く含み、中でも体内でビタミンAに変化するβカロチンが多く、体の老化、ガン予防に効果があります。


 ビタミンCは、美容や免疫力に効果があり、糖質の分解を助けるビタミンB1、カルシウムや鉄などのミネラルも含み、その独特の香りは、アビオールと言う成分で、体内で食中毒を予防します。


 これだけの特筆すべき栄養があるにも関わらず、ほどんどが食べられることのない『脇役の控え』のような『野菜』がこれです。



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 そう『パセリ』です。


 食べないことを前提にした『パセリ』は、新鮮さに欠けていたり、乾燥してしまっていたりするのも事実ですが、主役クラスの栄養をもっているのですから、食べないのは実にもったいないのです。


 こういう逸話があるほどです。


 ヨーロッパに旅行に行き、レストランに入った日本人観光客たちが全員『パセリ』を残すのを不思議がった従業員が「日本の宗教には、パセリを食べるなと言う戒律があるのか」と添乗員に訊ねたほどだとか…



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2010年11月03日

文化の日

 広報部員Fです。


 今日、11月3日は、『文化の日』です。


 文化の日については、言うまでもないでしょう。

 1946年に日本国憲法が公布された日で、1948年に祝日法により、『文化の日』となりました。

 
 「自由と平和を愛し、文化を進める」ことを趣旨としています。


 文化の日制定までは、明治天皇の誕生日であることから、『明治節』と呼ばれる祝日でした。


 当時、『文明開化』と呼ばれ、日本に西洋の文明が多く入ってきて、制度や習慣が大きく変化した時期でもありました。

 この『文明開化』と言う言葉は、明治8年『文明論之概略』の中で福沢諭吉が使ったのが始まりと言われています。


 「散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」

 「牛鍋食わぬは開化不進奴」(すきやきを食べない奴は、とんでもない時代遅れな奴だ)


 習慣や食文化など様々なものが変化した時代でした。

 
 その『文明開化』が生んだひとつの産物と言ってもいいでしょう。

 
 明治天皇は、明治8年(1875年)水戸藩下屋敷で行われた花見の席で、天皇、皇后両陛下に出された『この』食べ物が好物だったと言われます。


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 『あんぱん』です。


 『パン』が日本に伝わったのは、天文12年(1543年)種子島に漂着したポルトガル人が伝えました。


 その後、キリシタン弾圧などで、『パン』も姿を消しますが、幕末の天保13年(1842年)4月12日、日本人の手で初めて『パン』が焼かれました。


 天皇、皇后にお出しするお菓子はこれまで、京都の和菓子が出されました。

 当時、侍従をしていた山岡鉄舟は、「純日本製のパン」をお出ししたらどうかと考えました。

 
 そして出されたのが『桜あんぱん』でした。


 そこには、天皇自ら『和魂洋才』をもって国民に模範を見せてほしいと言う考えがありました。


 維新により形だけ明治になりましたが、1日も早く頭を切り替え、西洋の文明を取り入れて国を富まさないと海外の列強から飲み込まれてしまうと言う憂いがあったからです。

 
 『あんぱん』誕生がなければ、もしかすると今の日本はなかったかも知れません。


 
 
posted by まるきグループ広報部 at 16:01| 山口 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 広報部Fの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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